文章から入ってきたイメージはきっと本物に触れた時、
様々な形に変化していくものだと思います。
| そしてその過程がとても大切な気がします......。 | |
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オキーフというと大輪の花、骨、ニューメキシコ....が思い浮かんできます。 ニューヨークに住み、立ち並ぶ高層ビルの作品群もあるというのに... それもまるで砂漠に突如出現した光景のように感じるのです。 でもやはり、南西部で描かれた絵の中には洗練された気品があり、 それは、ニューヨークで培われた感性なのでしょう。 オキーフの絵は大きな生命力、甘美、厳格さ、気品を感じさせます。 そしてそれは彼女自身の生き方でもあるのです。 オキーフが大輪の花を描くきっかけになったのは、ニューヨークの喧噪とストレスの日常でした。 彼女は花の深い静けさに安らぎ、そこに自分の世界を作ることができました。 そして、その安らいだ世界を都会の忙しい人々に与えたいと思いました。 彼等は毎日急いで歩き、慌ただしくしていて、花などみる時間はないのだと。 ただ、彼女は花をそのままの大きさでは描かなかった。 花というのはもともと小さいのでそのまま描くと、誰も自分の絵を 見ないだろうというのです。 そこで、巨大な花を描くことで忙しいニューヨーカーの足をとめ、 凝視させることが出来るのではないかということでした。 そして、その企みの通りになるのです。 自分と同じぐらいの大きさの花をみて、人々は「まるで人間が蝶になったかのように感じる」, 「なんて心が和むのだろう」と言いました。
| 彼女の絵のモチーフの「骨」との出合いはニューメキシコでのことです。 砂漠に散在している白い動物の骨に魅せられ、貝殻を拾うように持ち帰り 大切にとっておいたそうです。しかし、単にそのフォルムに美しさを感じただけで、 その時は絵のモチーフには考えていなかったのです。 ある日骨達を全く違う視点から見た時初めてそれらを描くことを意識しました。 彼女は砂漠を描きたいと思っていたけれど、どうしたらいいかわからなかった。 そして骨によってついにそれを描く術を手に入れたのです。 「素晴らしい美しさにも関わらず、ひとかけらの優しさももちあわせぬ、 空漠とした砂漠........骨は、その砂漠の中の恐ろしく生命力に輝いている 何物かの中核に向かって、鋭く切り込んでいるように見えるのです。」と オキーフは語っています。 有名な馬の頭蓋骨と花の絵があります。彼女が造花のバラと戯れていた時、 玄関のチャイムが鳴り、無意識にテーブルに飾ってあった馬の頭蓋骨の目にバラを さして、玄関に向かったのです。 そして戻ってきて馬の目に差されたバラの効果に驚き、 これこそ自分が描かなければならない絵だと思ったといいます。 |
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彼女の服装は白や黒のシンプルなものでした。 それは若い時から長年そうしてきたことであって、彼女にとったら ごく自然のことであったと思います。 彼女自身は、モノトーンの服を着続けた理由をこういっています。 色に敏感な自分は身につける服の色を選ばなければならぬとしたら、 自分の絵に使う色を選ぶ時間がなくなるからだ.....と。 勿論黒が彼女の存在にあっていたこともあるけれど、 この言葉からもオキーフは自分の芸術に対して不必要なものを 極度に切り落としていたことが伺われます。 |
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アメリカの現代美術に多大な役割を放った、写真家スティーグリッツは 「291」という画廊を経営していました。 彼はそこで、数多くの才能のある芸術家を育てあげていた。 そして、そこに若いオキーフは訪れ、彼の才能に惹かれ、 そしていつしか彼に認められたいと思うようになった。 オキーフのある友人の助けによって、それはいずれ果たされることとなります。 それから長い二人の文通が始まり(当時オキーフはテキサスの大学で美術教師を していて、スティーグリッツはNYにいたので) その後NYで二人の同居が始まり、スティーグリッツは当時の妻と離婚して オキーフと結婚しました。(オキーフは結婚という形式に気乗りしなかったようです) それからスティーグリッツが死ぬまで、二人の関係は時代と共に微妙に 変化しながら続いていきます。 私は二人のことを調べながら感じたことは、どの書籍にも描かれているように 二人は自立した夫婦だったということです。 お互い好きな仕事を持ち、相手に遠慮することなく全力を注ぎ込むのです。 スティーグリッツは場所を動き回り、創作するようなことは芸術家はする必要はない というのに対して、オキーフはそれを横目に、自分の意志に導かれるまま旅に でて、そのまま何ヶ月も帰ってこないこともありました。 スティーグリッツは寂しさを紛らわす為にか、若い女性と親交をもち オキーフの心を荒立てたこともよくあったそうです。 スティーツグリッツはオキーフよりほぼ24歳年上でした。 年齢差、価値観の相違、恋愛の縺れ......障害はあったものの 二人は、永遠に愛しあい、信頼していたのだと感じます。 彼女の絵を一番理解くれたのはスティーグリッツでしたし、 世に出してくれたのも彼でした。 スティーグリッツがもしもこの世にいなかったら、 きっとオキーフも美術教師で終わっていたかもしれません。 彼の行動に悩まされることがあっても、オキーフが最後迄 彼を愛せたのはそのことを常に思っていたからなのでしょうか。 時代は変わり、年老いたスティーグリッツが亡くなった時、 新聞の見出しには、「オキーフの夫スティーグリッツが死んだ」 とかいてあったそうです。 いつの間にかオキーフは偉大なるスティーグリッツを超えていたのです。 スティーグリッツが亡くなった後も、彼女は力強く生きていきました。 それが周りには少し冷たくみえたようですが、彼女はきっと くよくよしていても仕方がないと思ったのでしょう。 それよりも一人で生きていくことの方が大変だったから.....。 彼女はたまに極度の神経症に掛かることもあったけど、逞しく その後の人生を歩んでいます。 彼女の運命の地、ニューメキシコ州、サンタフェで.....。 |
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もしあなたがしっかりと決心して、そのための努力を続けるのであるのなら あなたの欲しい物を手に入れる機会はあるのです。 けれども本当に真剣に働かなければなりません。 そのことについて話しているだけではなくて。 |